2025/07/04

「東京2025デフリンピック」男子陸上日本代表内定記念特集【ロングインタビュー編】

※S.U.N.37号に掲載しきれなかった佐々木琢磨選手のインタビューを掲載します

佐々木琢磨 PROFILE

出身地:青森県五戸町

学歴:岩手県盛岡聴覚支援学校高等部 → 仙台大学体育学部卒業

現在:仙台大学職員/一般社団法人デフ陸上競技協会所属

家族構成:妻と長男の3人暮らし

主な競技実績

2024年 世界陸上競技選手権 100m 5位・4×100mR 優勝(世界新記録)

2022年 デフリンピック 100m 優勝(世界新記録)

2021年 世界デフ陸上選手権 100m 2位・200m 6位

2019年 世界デフ室内陸上選手権 60m 4位

2017年 デフリンピック 100m 7位・4×100mR 優勝

2016年 世界デフ陸上選手権 100m 5位・4×100mR 3位

2013年 デフリンピック 初出場 100m 5位・200m 2次予選進出・4×100mR 優勝(世界新記録)

 

 

 

「東京2025デフリンピック」とは?

 デフリンピックは、「デフ(Deaf)」+「オリンピック」の略で、「きこえない・きこえにくい人のためのオリンピック」です。国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)が主催し、4年に一度開催される国際大会は、今年で100周年を迎えます。
 2025年11月には、日本で初めてのデフリンピックが東京で開催されます。

大会期間:2025年11月15日(土)~26日(水)

参加国・地域: 約70~80

選手数: 約6000人

競技数: 21競技

陸上競技会場:駒沢オリンピック公園総合運動場 陸上競技場

大会公式サイト こちら

 

後に続くデフアスリートに、頑張る姿を見せたい
Q:2022年のデフリンピック(ブラジル大会)で金メダルを受賞してから、3年が経ちました。その後、変化はありましたか?
 ブラジル大会までは「世界一になること」を夢見てずっと頑張ってきました。でも、その夢がかなった後、次に何を目標にすればよいのか分からなくなって、練習に身が入らない時期もありました。
 そんなとき、新しく男子部員が入ってきたんです。彼は、私が学生時代にろう学校を訪問した際に出会った少年でした。当時は目標もなく、周囲とうまく付き合えない様子でしたが、彼が私の背中を追って仙台大学に入学してきた。その姿が、かつての自分と重なって見えました。
 「大会で優勝するのが当たり前」みたいな態度では、後を追ってくれる後輩たちに失礼だと思ったんです。「自分を目標にして来てくれたのだから、頑張る姿をしっかり見せなければ」と、改めて強く思いました。
 

仲間がいるから成長できる
Q:最初は佐々木選手一人だったデフ陸上選手が、今では6人となりました。チームとしての現在の状況は?
 私は代表合宿や大会がない限り、名取英二先生の指導の下、仙台大学のグラウンドで週5日練習しています。陸上部の全体練習では後輩たちと一緒に取り組みますし、練習メニューは名取先生が決めてくださいます。
 部員が増えてチームになったことで、活気が生まれ、レベルも格段に上がったと感じています。最初は「走りたい!」という気持ちだけで入部した後輩たちが、経験を積んで表情が引き締まり、「勝負する人の顔」になってきました。
 その変化を見ると、「本当に良かった」と思います。私自身も、大勢で練習することで励まされ、後輩たちのためにももっと良い記録を出したいという気持ちが強くなりました。


 

 
信頼の絆で結ばれたコーチと二人三脚で
Q:本学を卒業後も、仙台大学のグラウンドを拠点に練習を続けている理由は?
 学生時代から、仙台大学には恵まれた練習環境があり、手厚いサポートを受けながら記録を伸ばすことができました。授業では「ノートテイク活動」などもあり、ろうの学生がハンデなく勉強できるようになっています。
 一番の理由は、名取英二先生との出会いです。2018年3月、先生が学生を指導している姿をたまたま見て、「この方に指導してもらえれば金メダルを取れる」と直感しました。思い切って「私を指導してください!」とお願いし、現在までずっと見ていただいています。
 名取先生は私の練習には必ず来てくれますし、言うべきことをはっきり言ってくださいます。私が陸上のレベルを高められたのは、先生のおかげだと感謝しています。
 

愛する家族の笑顔が力になる
Q:ご家族の存在も、モチベーションになっていますか?
 2022年7月に結婚し、2024年10月に息子が生まれました。家に帰ると笑顔で迎えてくれて、すべての疲れが吹き飛びます。
 息子は「晴琉斗(はると)」と名付けました。耳がきこえるので、私たち親とは違う価値観を持つかもしれませんが、多様な価値観と人とのつながりを大切にしてほしいと思っています。
 実は、きこえると分かった時、「ろうのほうがよかった」と一瞬思ってしまいました。でも、それは自分の勝手な想いでした。きこえても、きこえなくても、人生は人生。大切なのは『人として』生きることだと改めて思いました。
 
大好きな野球から、デフ陸上の世界へ
Q:陸上との出会いについて教えてください。
 もともとは野球少年でした。でも、健聴者との会話に限界を感じ、続けることが難しくなりました。孤独感から野球を辞め、将来が見えなくなった時にデフ陸上と出会いました。
 きこえない苦しみ、壁、ネガティブな思考… でもそれを乗り越えなければ、何も変わらないと気づいたんです。
 

陸上は「佐々木琢磨のものがたり」につながる場所
Q:佐々木選手にとって陸上とは?
 10年前は、ろう者が大学に進学することさえ難しい時代でした。親が過保護になり、社会に踏み出せない人も多かった。
 でも私は陸上を通じて世界を広げることができました。「自分の足で世界を切り拓く」、その一歩を陸上が与えてくれたのです。
 
 

きこえなくても幸せになる道はある
Q:東京開催のデフリンピックが近づいてきました。今の心境は?
 デフリンピックは、きこえない人にとって夢の舞台。ろう者だけの大会で、すべてを出し切れる場所です。
 「きこえなくても幸せになれる」と、私はこの大会に出会って初めて知りました。
 今では、自分だけではなく、多くの人に夢と希望を与える存在になりたいと考えています。
 

最高の舞台で輝く姿を見て欲しい
Q:東京大会での目標は?
 目指すのは100mでの世界デフ記録更新(10秒21)。そして、100m・200m・4×100mリレーの3冠です。
 仙台大学の後輩4人とともに、日本の、そして世界のデフアスリートが最高の舞台で輝く姿をぜひ会場でご覧ください!

会場:駒沢オリンピック公園陸上競技場

大会期間:2025年11月15日~26日

 応援、よろしくお願いいたします!
 

 

インタビューを終えて

 S.U.N.広報では、佐々木琢磨選手の姿を長年取材してきました。「いたずら好き」「ふざけんぼう」、でも誰より真剣に走る姿は、見る者すべてに希望を与えてくれます。
 デフ陸上界に新たな道を切り拓き、後輩たちの目標となった佐々木選手。今回のインタビューには、スポーツを超えた「生き方のヒント」があふれていました。
 仙台大学とともに歩む佐々木琢磨選手の今後に、どうぞご注目ください。

 
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